選挙目当て見透かされた復党
なりたてホヤホヤの新総理を、ひとまずは静観するという百日の「ハネムーン期間」もそろそろ終わる。政権の真の姿が見え始める頃、安倍総理への評価が厳しくなってきた。総理に就任し、最初の国会を乗り切ったものの、支持率は急降下している。「支持しない」というより、「不安でたまらない」というのが国民の正直な思いではないだろうか。自民党総裁選を圧勝して総理・総裁に就いた安倍政権だからこそ、である。もし安倍政権が、国民の期待ほどの能力を有しなかった場合、一体だれに私たちの国の舵取りを任せればいいのかという大きな不安感がどうしてもぬぐえないのだ。
その理由は、思いつくだけでもいくつもあるが、筆頭は「復党問題」であろう。昨年の「郵政選挙」で自民党の決定に対し「造反」して無所属を余儀なくされた人たちの、自民党への復党を“早々と”認め、実現してしまったことだ。昨年の選挙後に開かれた特別国会での首班指名で小泉自民党総裁(当時)に投票し、郵政民営化に賛成したことで、復党への環境は整備されたと言われている。刺客まで送り込むほど、強固な意志で「造反組」と対決したにもかかわらず、選挙が終われば、造反組であろうと、一議席も二議席も増やしたいという自民党の本音が、漸く一年余りたって実現に結びついたということなのだろう。造反についての処分や復党への条件提示はしても、それはあくまでも形式上のことであり、あとは政権が代わるのをひたすら待ち続け、タイミングを計っていたとしか思えない。その証拠に、自民党が復党を認めた理由を並べれば並べるほど、国民の不信感は大きくなっているのだ。報道各社が行う世論調査の結果によれば、復党に賛成なのがわずか15%前後しかおらず、七割近い国民が復党には反対である。国民には、来年の参院選目当てであることを見透かされているし、これら一連の自民党のとった行動によって、安倍内閣の支持率は二ヶ月で15%以上も急降下した。
不信感募る「道路」一般財源化
二つ目は、「道路特定財源の一般財源化」を決めてしまったことにある。建設の必要性の低い道路を作り続けて税金の無駄遣いをされることも困るが、必要性の高い道路建設がもうあまりないというのなら、道路建設のために確保してきた「特定財源」を廃止すればいいだけのことだ。しかし、安倍内閣が選択したのは、道路建設のために道路利用者、つまり自動車保有者に課してきた税金を、道路建設以外に使う、つまり一般財源化するというものだった。小泉政権時代からの道路改革の延長ではあるのだろうが、小泉政権当時より、道路行政に関して知識も見解も増やした国民が、この「一般財源化」という政策に大手を振って賛成するはずがない。しかも、自民党内の道路関係議員に配慮して、「『真に必要な道路』の整備について中期計画を立てる」という党からの申し入れを受け入れたことは、結局無駄な道路建設のためにこれからも国民は高い税金を払わされるという不信感が募る結果となった。しかも、何に使われるかわからない「一般財源化」も一部含んでいるという両者を選択したことによって、国民は政権の真意を理解できなくなってしまった。
「復党問題」「道路特定財源の一般財源化」の両者に共通していることは、明らかに国民を無視した論理によって決めたことにある。自民党は、憲法観一つとっても、両極端の意見を持つ人を抱え、それを象徴的に懐の深い政党であることが、あたかも自民党のよき伝統であると自己肯定する節がある。しかし、それは国民が最も嫌ってきた政治の「何でもあり」体質、つまりご都合主義そのものと同義語であるのだ。「もう政権も代わったことだし、許してあげよう」とは聞こえがいいが、では、郵政民営化に反対しているからこそ、「造反組」に投票し支援してきた国民の気持ちはどうなるのだろうか。必要なら払うことは当然と思いながらも、必要でもない税金を払い続けさせられる国民の思いは、なぜ受け止められないのだろうか。
若さを国民感覚理解と改革に
小泉総理は、まるで耳栓でもしているのではないかと思うほど、外野の雑音に耳を傾けることなく、自分の信じる道をひたすら走り続けてきた。当然それには功罪あるが、その反動なのか、安倍総理は、周囲を信頼し、周囲の意見に耳を傾けようという姿勢をとっているように見える。それが安部総理の良さでもあるが、「リーダーシップがない」「存在感がない」という評価につながっているのだろう。しかし最も懸念すべきことは、政権の「若さ」ゆえの未熟さをどう補っていくかということにある。若さゆえの清新さがかき消され、旧来の自民党の体質そのものの復党問題や道路問題がある一方、官邸サイドに垣間見える若さゆえの暴走があり、本来「若い」ということがもたらす効果がほとんど発揮されていないことに、安倍政権への不安があるのだ。「若い」ということは、国民の感覚が肌でわかるはずだし、改革の妨げになるしがらみも少ないはずだ。しかし、しがらみこそが改革の最大の理解者になる場合もある。そのような関係が、内閣全体で作られているのかどうか、国民の気持ちをわかっていると思い込み、自分たちのやりかたに間違いはないという驕りがないか、安倍政権中枢部の人たち一人ひとりの自覚が問われている。 |