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最終更新日 2007年5月31日
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小泉政権への『最後の審判』
(「諸君!」2006年8月号)

『あまりにも教育に無関心』

 小泉政権以前の数年、総理大臣の在任期間が短いせいもあり、日本は目先の問題の対処しかできない政権が続いてきた。しかし、小泉総理は歴代三位の在任期間を有し、政権末期でも、支持率は未だ45%前後を維持している。退任間近には一桁の支持率に苦しめられる総理大臣も多いというのに、小泉政権への国民の信頼は意外にも未だ高いようだ。しかし、これだけ教育に無関心な総理大臣も前代未聞ではないだろうか。しかも、五年という歳月があったにもかかわらず、教育分野において何ひとつリーダーシップを発揮しなかったことは、日本が抱える喫緊の課題をみても、日本をどんな国として築き上げていくべきなのかという長期的視野にたっても、不作為の責任を問われてもいいほどの無策ぶりであった。
 「お金儲けをして何が悪い」と公言してはばからないような品性を欠いた人間は、いまや日本には少なくない。こういう人間を生んだのも、日本の教育である。もちろん、同じ教育を受けても、品性を欠く人ばかりではないというのは、個人的な性質によるところも大きいのだが、お金がなければ安心して老後を迎えることができないこの国において、「カネこそ全て」の思考が個人的な問題と言い切っていいのかという疑問も残る。金の亡者のごとく生きる人もあれば、勉強も働きもしないニートは64万人(平成16年)もいるといわれている。親からしっかりと自立をしていなくてはならない年齢に達しているのに、親のすねかじりで生きている人たちも、年々増加している。
 指導力不足教員は、小泉総理の就任時には全国で149人であったが、二年間で約三倍の481人となった。教員の指導力の欠如は子供の学力低下の要因のひとつである。
 OECD(経済協力開発機構)が平成15年に実施した「学習到達度調査」において、前回調査(平成12年)には1位だった「数学的リテラシー」が6位、同8位だった「読解力」は14位まで低下。ゆとり教育が導入された学習指導要領下で初めて平成16年に文部科学省が実施した学力テストの結果では、学力低下に歯止めがかかっているといわれているが、日本列島の四つの大きな島のうち「北海道」がわからないという小学校五年生が52%もいるという実態が突きつけられた。
 学力だけでなく、体力も低下傾向にある。文部科学省が平成15年に行った「体力・運動能力調査」によって、「走・跳・投」の基礎的運動能力と握力が緩やかながらも低下傾向にあることが明らかになっている。
 同級生間や親子間での殺人や、様々な分野で起こった「偽装」事件などを考えると、日本人という以前に、人間として身につけなけらばならない素養や常識などが身についていないというのが今の日本人である。それを改め、またそうではない人間に育てるのが教育の役割であることを考えれば、教育問題を目先の問題にとらわれて後回しにしてよい訳はないし、ましてや総理大臣が、興味がないかのごとくそっぽを向いていいものではない。何より率先して取り組まなければならない課題である。
 しかし、小泉総理は端から教育問題に取り組む意欲がなかったと思わずにいられない。まず、平成13年に発足した第一次小泉内閣の文部科学相は、文部官僚出身の遠山敦子氏であった。これまで一貫して文部行政に携わってきた人間に、これまでの行政を改めるような仕事ができるとは思われない。しかし改革に取り組もうという強い意思があれば二年五ヶ月という長期の在任期間中に一つでも結果が出せたはずである。その後の内閣改造で、河村建夫氏、中山成彬氏が就任したが、共に約一年で交代。小坂憲次現大臣も昨年十月末に就任したばかりだが、この秋には新内閣が発足することを考えれば、一年も満たない在任期間となる。これでは、折角中山前大臣が「ゆとり教育の見直し」を公言しても、現実的にゆとり教育を改める根拠となる学習指導要領の改訂はまだ目処も立っていないという中途半端な結果しか生まれない。
 大臣の交代劇が激しい中、平成14年から完全学校週五日制が導入され、ゆとり教育が始まった。同年、小中学校で「総合的な学習の時間」が導入され、一年遅れの平成15年には高校でも導入されたが、同年末には「総合的な学習の時間」の改善のため、「学習指導要領」の一部改正により、計画や目標を定めることとされた。またこの改定の中で、ゆとり教育によって削減された教育内容を補うため、「発展学習」の項が置かれることになった。
 平成16年には国立大学が国立大学法人に姿を変え、平成18年度から幼保一元化が本格実施、平成19年度には特別支援教育が本格実施の予定だ。日本のこれからの新産業育成として産官学の連帯をより強めるため、平成18年度から五ヵ年の「第3期科学技術基本計画」が定められ、科学技術振興費も若干ながら増額傾向にある。
 しかし、文部科学予算全体は、小泉総理が予算編成を行った平成14年度の6兆5798億円(決算ベース)から平成15年度6兆3220億円(前年マイナス2578億円)、平成16年度6兆599億円(同2621億円)、平成17年度5兆7333億円(同3266億円)、平成18年度5兆1324億円(同6009億円)と、毎年4〜5%の減額となっている。ただでさえ、GDPに占める義務教育費の割合(2002年度)が、フランスの4%、アメリカの3.8%、イギリスの3.7%に対し、日本は2.7%と低いことからも、日本人の学力や体力、知力が国際社会の中で見劣りするのも、当然の結果と言えるのかもしれない。
 しかも、小泉政権は、教育問題を、三位一体の改革や規制改革の一部としてとらえ、教育論に立った教育改革を行ってこなかったことに、大きな罪がある。義務教育の現場を預かる地方自治体に有効な手立てになると判断したのか、義務教育国庫負担金を一般財源化し、地方自治体に税源移譲しようとした。賛否両論の激しい議論の中、結果として公立小中学校の教職員給与分のみについて、これまでの二分の一から三分の一に、国の負担を軽減することになったが、これは、三位一体の改革で総額3兆円の税源委譲を目標に掲げた中での単なる数字合わせにしか過ぎない。また、教育委員会制度についても、規制改革・民間開放推進会議の中で「不要論」という結果ありきとも思われる議論をしてきた。
 唯一、教育改革の実践といえば、構造改革特区を認定し、現場に様々な試行をさせたことだろう。私が教育委員を務める東京都品川区でも、「構造改革特別区域研究開発学校設置事業」としての認定を受け、教育課程の弾力的な編成が可能となり、小中一貫教育を実現することができた。教育特区構想はこれだけにとどまらず、第一次から十次までに、特区全体で630件の認定のうち、教育制度に関することは176の特例事項が認定されている。
 しかし、自治体の自主性、創意工夫などと言えば聞こえはいいが、要は「丸投げ」したにすぎず、小泉総理大臣が教育改革の旗振り役を担ったわけではない。構造改革特区とて、教育改革のためだけに行った施策ではなく、自治体が特区構想を利用するしか教育改革を前進させる方法がないという苦肉の策であったというのが現実でもあろう。本来なら小泉総理は、ゆとり教育の見直しや行過ぎたジェンダーフリー教育の是正、教職員の質の向上などについて、自身の教育論と政治家としての責任において決断すべきであったし、五年という在任期間があれば決断できたはずである。にもかかわらず、小泉がリーダーシップを発揮したことは、一度もなかったのである。
 最終的には、今国会での教育基本法改正を見送ったことで評価は決まったのではないだろうか。連立を組む公明党との合意を得るのに四年も五年もかかったこと自体、総理のリーダーシップの欠如を明確に示している。しかし、憲法改正論議を進めながら、「日本国憲法の精神にのっとり」と謳っており、現憲法にのっとるのか、新憲法にのっとるのか、極めて曖昧な法改正の手順と目的を考えれば、むしろ改正にいたらなかったことは、皮肉にも小泉総理を評価する数少ない点になるのかもしれない。どちらにせよ、小泉政権の教育政策を採点するとすれば、赤点(40点)以下の20点、追試対象といえようが・・・・・・。


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