| 子供が産まれる前は、よく妻と朝食を外で食べることがありました。家で食べると、ギリギリまで寝てしまうし、朝食の準備や片付けでなかなか二人でゆっくりする時間がないのですが、外で食べれば、コーヒー一杯分、「まだあるよね」という時間が持てるんです。今は子供も産まれたので、なかなかそれもできず、家族と過ごす時間を作るのは、結構大変だと実感しています。
僕が子供のころも、家族揃って食事をする機会は他の家庭に比べると少なかったと思いますが、父は時間ができると、家族を食事に連れて行ってくれました。なかなか時間を作るのは大変だっただろうと、僕も今おなじ職業をしていて思いますが、父には食に限らず、まずはいいものを知っておくことが大事で、それは全て芸に通ずることだと教えられたように思います。
家での食事にも、当時は当然のように食べていましたが、そんな父のこだわりが色々あったんだと家を出てから思うようになりましたね。
たとえば、子供の頃よく食べていた「トマトライス」。ご飯とトマトを炒めて、しらすをふりかけ、それを海苔で巻いて食べるというもので、一般的な食べ物だと思っていましたが、妻をはじめ、知らない方が多くてびっくりしましたね。食が細くなった時などによく食べていたのですが、うちって珍しいものを食べていたのかなあと。
また我家のしゃぶしゃぶは「豚しゃぶ」。しかも具は豚しゃぶ用のお肉をさらに薄く切ってもらった豚肉と切らないままのほうれん草だけ。これをしょうゆで食べるという、ただそれだけのものですが、自分で作ってみると、なかなか子供のころに食べた味にはならないんですね。どうも、お肉の“薄さ”が鍵のようなんです。この「豚しゃぶ」や「トマトライス」も、父が誰かから聞いてきたようでした。
また、お正月の挨拶回りにこられた方に振舞う「お雑煮」も、いわゆる関東風のお雑煮ですが、これがまた美味しい。出汁が違うのか、自分で同じように作ろうと思っても、なかなか同じ味にならない。何か、家の食事は米粒ひとつにしても味が違うような気がするんです。 今、おいしいものを知っているというのは、忙しい生活の中で一つの小さな幸せだと思いますね。もちろん、友達と食べるときなど、その時々に応じて、自分の身の丈にあった食事をしますが、おいしいものは食事を楽しくし、またホッとする瞬間にもなる。そういう育てられ方をして、良かったと思います。今度は僕が自分の子供を連れて行くことになるのだろうと思いますが、おそらく、僕が連れて行ってもらったところに子供も連れて行くのかなと思いますね。やはりそこが原点ですから。
(取材・構成 細川珠生) |