| 子供のころの私は食卓にも本を持ち込むくらいの文学少女で、母親の手伝いをするというような甲斐甲斐しい娘ではありませんでした。でも、いざ自分が料理を作ろうとする時には、食べてきたもの、見てきたものの記憶をたどっていくことで、そのこだわりや味を受け継ぐのだろうと思います。
母の料理は薄味の和食が中心ですが、何より素材に対する畏敬の念がありました。私も十年以上前から、国内の生産者が作る有機農産物のネットワークに入って、毎週宅配をしてもらっています。値段は少し高めですが、都市生活者として支えていきたいという立場で利用しているのです。値段では海外のものには勝てないけれど、いいものを作ることを消費者として応援したいという、私なりの敬意の表し方でもあります。
主人の母も、その料理に最適の素材を選ぶところから始めるような大変な料理の名人です。この間も帰省した折、帰りに鮭のフレークを山ほど作ってもたせてくれましたが、それもフレークに適した鮭を上手に選んで作ってくれるんです。
私は新婚生活をジュネーブで送っていたということもあって、キッシュや仔牛のサワークリームパプリカ煮など、フランス料理が得意ですが、ローストチキンもよく作ります。もちろんグレービーソースも作って。これは高校時代の留学先でお世話になったホームステイ先のマムがよく作っていたのですが、教えてもらったわけではないんです。ただ、最後の五分、十分の仕上げで、絶対に譲らなかったマムの“姿勢”を受け継ぐことができました。私、東京一おいしいローストチキンを作る自信がありますよ!最後の仕上げで、何が大事かといえば、ローストチキンを盛るお皿が完全に熱くないとダメだということです。つまり、実際に賞味する人に最良の状態でサーブするということです。お皿が温まっていないのに肉を載せるのは、肉に対する冒涜だと思います。レストランでいただく食事も、温かいお料理なのにお皿が冷えていると、それだけでがっかりしてしまいます。
こういうことは、レシピには書いてありません。でも「母」の思い入れやこだわりが強ければ、必ず伝わるんです。一緒に作って、手とり足とり教えてもらったわけではなくても、何気なく見ていたことは驚くほどちゃんと記憶されています。それだけに「見る」力ってスゴイと思いますよ。母の料理でも、必ずストックされていた調味料や手順などは、見ていただけなのに、ちゃんと記憶に残っています。 娘たちも、一緒に料理をするということはありませんが、「見て」いますね。「日本一おいしいグレービーソースを作る!」といっているので、私の心は伝わっているかなと思います。
(取材・構成 細川珠生) |