最終更新日 2005年9月8日
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私の八月十五日
(「諸君!」2005年10月号)

『幼き児を抱きながら』

 驚くほど静かに、穏やかに時が流れていた。
 都会につきものの車の騒音や、マンションの住人がたてる物音の一つとして耳に入るものはなく、ひっそりと静まりかえった今年の八月十五日。家族連ればかりが街に溢れているというのに、我家は長期出張中の夫が不在の“母子家庭”。一歳になったばかりの息子とともに、静かな六十回目の終戦記念日を迎えた。
 ことのほか暑かった今年の終戦記念日に、まだ歩かない子供を自分ひとりで連れて靖国参拝をするのは、やはり難しかった。政治問題化している靖国参拝だからこそ、自ら足を運んで、自分の“生き方”を貫かねばならないという思いを抱きながらも、幼き児を抱えれば、自分の思い全ての実現は難しいと、あきらめなければならないときもある。
 靖国参拝が叶わないだろうとの予測の中で、終戦記念日の前からいくつか放送されていた戦争特番を観ることにしていた。終戦から六十年が経つという今年、これまで以上に戦後の“時”の重みを感じていたからだ。
 戦後六十年というのは、終戦の年に生まれた人が、今年定年を迎える、それだけの時の経過があったということだ。まさに一時代が過ぎたといっていいだろう。終戦を機に、国家体制も社会のしくみも大きく変わった。そして何より、日本人という人間が変わってしまった。この六十年の間に良くなったことも多いが、日本人としての誇りを失ったことは、日本にとって最大の悲劇ではないだろうか。
 憲法や教育制度始め、占領下で作られた国の骨格を作る中心的な制度の数々を、六十年という一時代の間、変わらず持ち続けていることに全ての原因があると、私には思えてならない。つまり、体制としてはとっくの昔に終わったはずの占領が、日本人の精神の中には今も続いているということに等しい。「日本人である」という認識が極めて低い国民性であることがその象徴である。その責任は、自己犠牲の精神を忘れ、自らの欲望を満たすことのみに邁進し続けてきた政治家にある。
 私はカトリック信者である。しかし、機会があれば靖国神社や伊勢神宮にも参拝に行く。初詣にも行くし、お寺や神社巡りもする。そこでは手を合わせ、世の中の平和を祈る。誰が祀られていようとも、そこは平和を願う場であると思うからだ。欲望の塊である人間が唯一謙虚になれる神の前で、首相であろうと、公人であろうと、年に一度でも世界の平和を願う気持ちになるということが、当たり前のこととしてできるその日がくるには、一体、戦後何年経てばいいのだろうかと、絶望と期待が入り混じった複雑な思いで過ごした「終戦六十年」の日。来る選挙が、国民にそんなことを考えさせる機会となればどんなによかったかと、悔やむ思いでいっぱいだ。


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