| 僕は、昭和十五年生まれなので、物心つくころにちょうど終戦を迎えました。父親を戦争で亡くしましたから、夕食は母と同居していた伯母(父の姉)が行商から戻ってきてから支度をしていたので、大体食べ始めるのは夜八時ごろ。僕の家庭も、国全体も一番貧乏だった時代ですが、母と伯母、そして姉と一緒に囲む食卓は「家族」というものを肌で感じる大切な時間だったように思います。
当時、僕の故郷・福岡で一番美味しいものといえば、有明海の渡りガニやエビ。カニは湯がきますが、エビは生で食べるんです。普段はなかなか食べられないような高価なものでしたが、家族の中で唯一の男子だった僕には、母がよく買ってきてくれました。
でも、僕は食べない。何故かと言えば、カニやエビは母の大好物でしたから、どうにかして母だけに、僕のために用意してくれた分を食べさせたいと考え、結局、自分は嫌いだからといって、母に渡していたのです。普通の夕食といえばごはんととサバ一切れという時代ですから、カニやエビを母に渡すなんて結構勇気のいること。でも何の迷いもなく、母に食べてもらいたい一心で、“ウソ”をついていました。伯母や姉は、そんな僕の“ウソ”を疑うこともなく、ただ母だけは僕がウソをついていることはちゃんとわかっていましたよ。僕が嫌いだといっても、買ってきていましたから。
ところが、ずっとウソをついてきたせいか、本当に嫌いになってしまって・・・・・・。今ではカニも海老もほとんど食べません。
政治家になってから、母とユックリ食事をするというような時間は全くありませんでしたが、週末、田舎に帰ると、母が僕の好きなものを作って待っていてくれました。僕の好きなものといえば、子供のころよく食べたサバ料理。刺身、煮付け、天麩羅・・・・・・“オールサバづくし”です。魚屋さんにも「今日は息子さんが帰ってくる日ですね」といわれるくらいでした。
母は僕の帰りが何時になろうとも、作って待っていてくれました。いくつも会合に出席して満腹で帰ってきても、年老いた母が楽しみに待っていたことを考えると、有り難く全部食べていましたね。母はただそばで僕の食べるのをうれしそうに見ているだけで、話すことと言えば、「今日の会合には大勢の方々にきてもらったね?」などという他愛もないこと。でも僕にとっては、母がそばにいて、大好きなサバ料理を食べ、他愛のない今日の話をするという、至福の時間でした。
その母亡き後は、家内がサバ料理を受け継いでくれたので、たまに家で食事をするときは、ほとんどサバの料理です。しかも、カニ・エビが嫌いだということも、きちんと母から受け継いでくれたようです。
(取材・構成 細川珠生) |