最終更新日 2005年9月12日
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「食卓の記憶」40 池坊保子さん
(「週刊文春」2004年10月21日号)

『すき焼きのち、ごきげんよう』

 私は、両親が元華族という家庭で育ったので、行儀作法などにも厳しく、食事の時に和気藹々と会話をするということがなかったのです。五人の兄弟姉妹の間でも、敬語を使うような家庭で、いつも物静かに端然と、粛々と食べていました。父は一人っ子でしたし、母はおそらく乳母と食事をしていたのではないかと思いますが、いわゆる庶民的な食卓というのを味わったことはなかったのでしょう。そういう両親の作る家庭ですから、自然に私たちも、庶民的な食卓など知らず、ただ穏やかに食卓の時が流れているという感じだったのです。
 それが唯一、すき焼きの時だけは、「これは私のお肉!」と言わんばかりに、すさまじいお肉の奪い合いが起こったのです。当時は終戦直後だったので、お肉はなかなか食べられませんでしたし、すき焼きなんて相当なご馳走!お肉がよく煮えるのを待っていると、他の兄弟に取られますから、とにかくお肉に自分の箸をつけて、まだ半煮えの状態でもお鍋から出して食べてしまう。何事にも節度を持って、家での食事の時でもそれなりの服装をしていたくらい行儀作法には厳しい両親も、このときばかりは子供たちの様子を黙認してくれていました。
 そのすさまじいすき焼きの食事が終わると、兄弟姉妹がお互いに「ごきげんよう」といって、それぞれの部屋に入っていくんです。このギャップが、今となってはおかしいし、とても懐かしく思い出されます。おそらくすき焼きのときが、生身の人間の戦いのような、唯一庶民的な食卓だったのだろうと思います。
 この体験のせいか、私もすき焼きって「食べないと損!」とずっと思ってきました。今の子供たちは食べ物を奪い合うということがないので、それがどういう体験か、娘や孫とすき焼きを食べる時の三回に一回はこの話をしています。
 奪い合いといえば、頂き物のケーキを兄弟で分けるときにもそうでした。いつも切り分けるのは二番目の姉で、それはものの見事に寸分違わず五等分するのです。それが時々、ちょっと狂ったりすると、兄や私が「大きさが違う!」といってクレームをつける。一番上の兄から弟まで十五歳の年齢差があるのですが、このときばかりは対等で、十個の目が、姉のナイフさばきをじっと監視しているという感じでしたね。
 何年か前、父の法事の時にケーキが出されて、兄弟姉妹が皆、ふと幼い日を思い出したのでしょう。奪い合いの精神がフツフツと湧き上がってきて、「これ、私の!」と言ったことがあったのです。その姿を見て、それぞれの子供たちが唖然としていました。いつもは厳然としている親たちなのに、ケーキの奪い合いなんかしている・・・・・・と。
  (取材・構成 細川珠生)


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