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私の祖父は頭がツルツルだったんです。父も、ツルツルではなかったんですが、髪が薄かった。それで、母は子供たちも同じようにならないようにと思ったらしく、僕が子供の頃は必ず毎日、昆布、若布、ひじきを食べさせられていました。
当時、中学に通学するのには、家から電車と徒歩で一時間十分ぐらいかかる上に、放課後には毎日剣道部の練習をさせられ、その頃はとにかく食べることしか楽しみがないような毎日でした。朝どんぶり一杯のご飯を食べて学校に行き、帰ってきてからは、夕食にまたどんぶり二杯。おかずなんて何でもよかったのですが、毎日毎日、昆布と若布とひじきが出てくる。朝晩の味噌汁には、豆腐や大根、里芋など他の具が入っていることもありましたが、必ず若布は入っていました。ひじきは豆やごぼうなどと煮たもので、文句も言わず食べていました。
どこまで相関関係があるのか、医者によっても見解が分かれるところですが、私も含め兄弟四人とも、みんな今も髪がフサフサ。私は染めてもいないのに、年のわりに髪の色も黒くて、大体十歳以上若く見られます。どうもそれは、これらの食事の効果が多少はあったのではないかと。もちろん当時は母も説明なんてしてくれませんでしたが、今考えると、自分の夫や義父を見て、子供も同じようになってはかわいそうだという、子供を思う愛情の発露だったのだと、母には心から感謝しています。
母は勉強家だったので、料理も本を見ながら色々考えていたようです。野菜や魚など、偏食をしないように、また栄養を考え、色々バランスよく食事を作っていましたね。また、僕は腕白坊主だったので、何かいたずらをすると、「いらっしゃい!!」と言って庭にある土蔵の中に閉じ込められることがよくありました。考えみるとしつけは厳しい母でしたが、子供に対する深い愛情を込めて養育に当たっていた典型的な良妻賢母であったんだと思います。
一方、父は学者で、商売(家業は酒屋)よりも、本を読むことと学生に教えることが楽しみというような人でしたから、食事も一人で先に食べて、終わるとさっさと二階に上がってしまう。だから食事というと、母親と兄弟で食卓を囲んでいたという思い出しかないんです。
僕自身、今は相当の"グルメ"で、人から美味しいお店があると聞くと、どこへでも足を運びます。イタリアン、フレンチ、中華、和食・・・常にもっと美味しいものがあるのではないかと探求心旺盛ですが、母親が子供のことを考えて、愛情こめて作ってくれた食事が、他のどんな食事よりもすばらしいものであったんだと、感慨深く思い出しています。
(取材・構成 細川珠生)
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