最終更新日 2004年8月12日
■HOME ■MailMagazine ■Contact
著作紹介

掲載紙・誌紹介

講演活動 メールマガジン 執筆・取材依頼
掲載紙・誌紹介
「「食卓の記憶」 25 海江田万里氏
(「週刊文春」2004年7月1日号)

『親父の甘いすき焼き』

 新聞記者だった父は、僕が子供の頃、ほとんど家にいなかったのですが、父が家にいる時の夕食は、決まってすき焼きでした。正月と、あと年に二、三回だけでしたけれど、九州男児で家の中のことなど一切やらない父が、その時だけは、「鍋奉行」として甲斐甲斐しくすべて仕切るんです。味付けから何から。野菜は母が下準備をしていましたが、肉は父がデパートで、普段は食べないようないい肉を買ってきていました。子供心に「家庭人」としての父親らしさを、このすき焼きを作る姿に感じていたんだと思います。
 父の出身地である鹿児島は黒砂糖の産地でもあるので、そのせいか、すき焼きの味付けもとにかく砂糖をたっぷり入れて甘いんです。でもそれが、甘いものが好きな子供にとっては美味しかったんですね。割り下は作らず、まず油を引いた鍋で肉を焼き、砂糖をたっぷり入れて、あとはしょうゆと日本酒をその都度加減しながら入れていました。お腹が空いて待ちきれないでいると、「しょうゆがきちんとなじむまで、箸でつついたらダメだ!」と注意されましたね。しょうゆの臭みが残ってしまうということらしいのですが、この時だけはおとなくしくじっと我慢をしました。
 この作り方は踏襲されて、今、家で僕が作ると、やはり味付けは甘め。妻にも、「こんなの毎日食べていたら糖尿になっちゃう」と言われます。
 正月に必ず食べていたので、年末に鹿児島から送られてくる餅を最後に入れていました。これがまた、トロッとして甘くて美味しいんです。兄と妹の食べ盛りの三人兄弟なので、この最後のお餅で腹いっぱいになるという感じでした。
 今でも、正月の一月二日は、兄弟とその家族全員、父の家に集まって、すき焼きを食べます。もう父は高齢ですから、今は僕が作りますが、親父譲りの味つけなので、誰も文句を言わずに食べています。
  最近、家庭ですき焼きというと、電気鍋を使うところが多いようですが、やはりすき焼きは鉄鍋でないと美味しくないと思います。子供の頃のすき焼き鍋も、当時家にあった鍋釜の中で一番いい鉄鍋でした。
  子供時代の思い出のせいか、とにかく今でも"すき焼き好き"で、議員仲間や外国のお客様と外で食事をする時は、すき焼きが多くなります。すき焼きの美味しい店というのも、ずいぶん行きました。それぞれ味付けに特徴があって美味しいけれど、やはり親父の味付けと比べるとちょっと物足りないという気がします。それと、すき焼きというのは、鍋料理なので、外で食べるより、家族みんなで箸をつついて食べるというのが、家族の団欒として楽しく、美味しいと思うのではないでしょうか。
   (取材・構成  細川珠生)


Copyright(C) 2001-2005 (有)パールオフィス. All rights reserved.