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他のご家庭と比較して、うちってヘンかなって思うんです。子供の頃、家で食事を作っていた人は二人いて、一人は住み込みのお手伝いさん、もう一人は父なんです。母は、外で美味しいものを食べて、それをお手伝いさんに"指導"していましたが、母自身が作っていた記憶って、ほとんどないんです。だから、我が家の味は「お袋の味」ではく、「親父の味」。
父は、"猛烈"サラリーマンだったので、平日は顔を見ることはなかったのですが、日曜日になると、私と妹、弟の子供三人を連れて、近くのスーパーに買い物に出かけるのです。そのスーパーは輸入物も多くて、子供としては外国製のお菓子などが欲しいのに、父が行くところは決まって「見切り品コーナー」。ここでクタクタになった野菜を買い込み、傷んだところだけ切り取って、大きな鍋で半日ぐらいかけてグツグツ煮込んでポトフを作るのが定番。お肉も好きでよく買っていましたが、豚や鶏ではなく、必ず牛。でも一番安いものを買うのです。安くても牛は牛だ、と。ポトフって、味が淡白ですから、子供の好きな味ではないんですよね。だから美味しかったかどうか・・・。
あと、父の作るステーキは、一番安い肉で作るので、固くてなかなか切れない。でも、ステーキはステーキだと言って、よく食べされてもらいました。当時はまだ珍しかったですから、固くても嬉しかったですね。
たまたまお肉の端にある脂身をほんの少し食べてみたら美味しくて、妹や弟の分までとって食べていたら、父が「聖子は脂身のうまさがわかるとはツウだ!」と褒めてくれるのです。子供って、褒められるともっと褒められたいと思うんですよね。ステーキを食べる度に、脂身ばかり食べていたら、食べ過ぎて、ある時急性膵炎になってしまったのです。それから油抜きの食事をしていたら、大学生の頃まで油ものが一切食べられなくなってしまいました。今はその反動なのか、揚げ物は結構好きになりましたが、お肉の脂身だけは怖くて今でも食べられません。
父は出張で世界中を飛び回っていましたから、そこで料理を覚えて自分で作ってみようというタイプ。母は外で美味しいものを食べて、それを作り手に教える役割という認識。子供に対しても枠にはめない育て方でした。適材適所を徹底していて、何か義務感をもって家庭を支えているという感じはなかったと思います。そういう親のお陰で、私も国会議員という職業ができるんだと思いますよ。
今、自分の家庭では、お互い国会議員ですから、私が食事を作ることはほとんどありません。でも、最低でも年に一度は一緒に家で食べようと二人で決めています。そのときは、必ず鍋。これ、彼の好物なんです。
(取材・構成 細川珠生)
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