最終更新日 2004年5月6日
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産経新聞2面(2004年4月27日)

『教育基本法改正の意義』

 子供の学力低下、不登校や引きこもり、教員による卒業式での国旗掲揚・国歌斉唱の拒否や指導力不足、親による児童虐待、学校とその周辺の治安など、子供を取り巻く問題は多種多様である。
 問題解決には、大人こそが自覚をもって向き合わなければいけないのに、その大人自身の親として、社会人としての自覚の欠如がはなはだしく、子供は現代社会の犠牲者と思わずにいられない。
 政府は教育改革に本腰を入れるため、「教育改革国民会議」を発足させた。時は小渕内閣。二十六人の委員によりわずか九ヵ月後に十五の具体的施策と、教育基本法の見直し、教育振興基本計画策定の必要性を提言した「報告」がまとめられた。
 それから四年。教育基本法改正は、掛け声倒れに終わっている。今年一月、与党に「教育基本法改正に関する協議会」が設置され、改正の方向性を既定路線としたことだけでも大変な進歩という政府関係者もいるが、その程度で満足するほど悠長に構えていい問題ではないだろう。こうして四年、五年と過ぎていく間に、子供たちは問題山積の日本社会の中でどんどん成長してしまうのだ。
 そもそも補則を含めわずか十一条の「教育基本法」さえ改正すれば、教育改革を行い、諸々の教育問題の解決に至るとはとうてい思えない。しかし、同法は憲法と同じく、米占領下でつくられた。日本人はどのような人間を目指すのかという理念が、日本人の手によって考え抜かれたとは思えない。
 教育基本法を改正したところで・・という思いはぬぐえないが、憲法改正と同じく、私たち自らの手で、日本人の精神の芯となるべく新しい教育基本法を作り上げることに、同法改正の意義がある。それだけに、現下の日本において、緊急に取り組むべき課題であるのだ。
 改正論議の中で、大人ひとりひとりの、「教育者」であるという自覚を促すことにつながれば、それは大きな改革の一歩となるはずだ。


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