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私が小学生の頃、家には大きなトリ小屋があり、ニワトリを十羽ぐらい、飼っていたんです。お客様がくると、当時の渡辺家としては最高のおもてなしとして、そのニワトリを一羽、親父がつぶして、色々な料理にしていました。水炊きから唐揚げ、当時ではまだ珍しかったローストチキンなんていうものもありました。私は親父の助手として、ニワトリを捕まえるところから手伝っていたのですが、このニワトリ、人になつかず、凶暴で、しかもとさかがかなり大きく、捕まえるのも一苦労。またそれをさばいたり、羽をむしり取ったりという作業は、その臭いだけでも強烈でした。決して楽しい思い出ではありませんが、味はいわゆり地鶏の味で、とにかく美味しかった。
そもそも、父がニワトリを飼い始めたのは、幼少の頃、里子に出されていた実家で、たくさんのいとこや子供達より優先して卵を食べさせてもらっていたからだといいます。他の子供達は泣きながら「欲しい」と懇願しても、「美智雄は中学さ、行くんだから」といわれて諦めざるを得なかった。その体験から、自前でたくさんの子供達に卵を食べさせてあげようということで、飼い始めたようなのです。抗生物質など一切使っていない自然の餌で育ったニワトリですから、毎日食べる産み立ての卵は、本当に美味しかった。
親父の料理好きは有名ですが、とにかく豪快。片付けのことなど考えないで、散らかすだけ散らかすんです。寒鰤なども三枚に下ろすところから始めますが、ウロコの飛びようといったら、まるで子供のころに見たニワトリをさばいたときに羽が散乱している台所のようでした。
特に煮魚が得意。ブリ大根やみりん、醤油、しょうがで煮た鰯なども、美味しく、私も妹も大好物でした。
また、ほとんど毎日のように、議員宿舎で記者たちに料理を振舞っていました。記者が帰った後は、同じ宿舎の後輩議員を呼んで、「渡辺学校」が始まります。私は常に助手。夜の0時半ごろまで、楽しい宴会が続きました。その後、一時半頃まで、今度は私に対するお説教。親父は自称、“社会哲学実践博士”。「大学では教えないことを教えてやる」と言って、色々なことを教えてくれました。例えば、『八割の合理性と二割の非合理性』。好き嫌いは二割にとどめ、八割は原理原則に基づいて何をすべきか。政治の争いもそういうものでなければならない、と。ともすれば、政治の世界は好き嫌いが八割ぐらいになってしまいますから、いかに感情を抑えていくか、それが大切だということを学びました。政治や商売の話はもちろん、人生訓など、今でも、この時の『ミッチー語録』は、毎日最低でも二、三回は思い出します。
(取材・構成 細川珠生)
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