最終更新日 2003年5月5日
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産経新聞2面(2003年5月2日)

『みっともない』人たち

 祖母や母から怒られたとき、決まって「みっともない」と言われたことを思い出す。「女の子なんだから」と言われるよりも、世間に対してみっともない真似(まね)はおよしなさいと、よく言われたものだ。
 服装にしても、食事の食べ方にしても、基本は「みっともなくないこと」。どこへ出しても恥ずかしくない習慣を身につけてくれたことは、何にも代えがたい私の大きな財産である。
 この「みっともない」という言葉、なんだか最近めっきり聞かなくなった。私の周囲で、「みっともないからやめなさい」と子供をしかる母親も見かけないし、友人、知人の間でも、そんな言葉を使って会話をすることはほとんどない。もはや死語なのかとも思ったが、それは「みっともない」という概念そのものが、今の社会にはなくなってしまったからなのかもしれない。
 駅や街には、あちらこちらで座り込む若者たちがあふれている。何をしているかといえば、携帯メールを一心に打っているようだ。電車の中でお化粧をしている女性もみっともないが、いい年をして漫画を読んでいるサラリーマンもみっともない。みな、自分の世界に浸るのは結構だが、もう少し周囲の目を気にする細やかさ、「恥」や「みっともない」という感覚を持つべきではないだろうか。
 しかし、みっともない人たちは、日本の最高意思決定機関である国会にもウヨウヨいる。疑いを持たれても、逮捕されても辞職しない議員。疑惑や不祥事の責任をとって辞職しても、実行判決を受けても刑期が終われば再び選挙に出る人もいる。世間に対してわが身を「みっともない」と思わないのだろうか。政治家は、権力者として、社会のお手本であるべきだ。若者のありさまを嘆く前に、権威と品位を保ち、国民から尊敬されるようになるためにも、「みっともない」という感覚のない人には、政治家になってもらいたくないものだ。


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