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落第点の小泉訪朝の「評価」とは
大きな期待をいとも簡単に裏切った小泉訪朝。国民の6割以上がその結果に評価をしているというが、私は国民の政治を見る目の甘さを危惧せずにはいられない。イラクへの自衛隊派遣についての安易な反対などからも感じていたことだが、もっと日本国民は、政治とは何か、国家とは何かを深く考えるべきである。
私は、どう贔屓目に解釈しようとしても、今回の小泉総理の訪朝に及第点をつけることはできない。その理由はいくつでもある。まず、成果といえるものは、拉致被害者の子供たち5人が帰国したことだけだ。もちろん、これは喜ばしいことである。私もこの1年半、度々拉致被害者の家族の方と接してきて、「どんな手段でも、選挙のためであってもいいから、家族を帰国させて欲しい」という悲愴なまでの願いを聞いてきただけに、本当によかったと、心からそう思う。たとえ成果が「これだけ」といわれようとも、ご家族にとっては、この上ない喜びと、総理への感謝の気持ちがあって当然である。
しかし、子供たち5人の帰国については、この数ヶ月、既定路線となっていた。日本政府が、北朝鮮側が譲歩せざるを得ない状況に追い込んだことによる成果であることは間違いないであろう。しかし、5人だけしか連れて帰れないのなら、そのお役目は外務大臣で十分であった。総理大臣が、様々な外交慣例を破ってでも行くのなら、より難題であったジェンキンズ氏の帰国、安否不明者に関する日本からの150項目の質問状に対する回答を得てくることが、私は最低の総理の帰国条件であったと考える。この程度といってしまえば、帰国したご家族には失礼に当たるかもしれないが、日本の最高責任者が行かなければならなかったことなのかどうか、私は大いに疑問である。
今回の訪朝も、硬直した日朝関係の改善のためという目的であったにせよ、「日朝国交正常化交渉再開」ありきの交渉であった感は否めない。しかし、「国交正常化」の前提は拉致問題と核・ミサイル問題の解決であるはずだ。「日朝国交正常化」は、これらの課題が解決されてから、あるいは、解決される見通しがついてから取り組むべきことであり、「正常化」のために拉致・核・ミサイル問題を解決するのではない。拉致という大きな犯罪の解決の目途は、二度も総理大臣が訪問しながら、まだたっていない状況にある。そんな国と、国交正常化することが、日本の利益になるとはとても思えないのだ。ましてや、食糧支援、医療品の支援など、米・韓もやっているからなどということは、理由にならない。日本には日本の事情がある。
ジェンキンズ氏の問題も、完全なる準備不足であることを認めるべきである。そもそも北朝鮮の施設内で、盗聴の危惧があるという環境下において本音の説得・協議ができるわけがない。金正日氏が本人と直接話してくださいというのも、「本人が拒否をしているじゃないか」という理由にされるということが、総理も、そして外交のプロである外務省の役人もどうしてわからないのだろうか。
外交慣例を破って二度も日本の首脳が訪朝したが、もう三度目はない。三度も一方的にこちらが訪問したら、もう世界は笑いを堪えていないだろう。ではこれから安否不明者の問題をどう解決しようとしているのか。それらのシュミレーションは、事前に日本政府にあったのか。この小泉訪朝を評価するという国民は、そこをどう考えたのだろうか。今までの総理大臣は誰一人として動こうとしなかったことを考えれば評価できるということであれば、あまりに比較の対象が低すぎる。総理大臣には、もっと高度な能力を要求すべきだ。国民年金保険料の未納にも鈍感になっていることといい、政治のレベルが低いのは、国民のレベルの低さの表れであると、思わずにいられない。 |