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責任の重さ
しつこいようだが、今回もまた「年金未納」について書かせていただく。小沢一郎氏の就任で決まりかけていた民主党の新代表に、岡田克也氏が決まった。週が明けて、小沢氏の年金未納問題が発覚し、急遽代表就任を辞退。本来なら、菅前代表のもとで幹事長を務め、執行部としても党運営に大きな責任を負っていた岡田氏が、残りの国会期間と選挙を乗り切るための臨時的な措置であれ代表に就任することはあり得ないことだと思っていたが、右も左も未納者ばかりで、「なり手がいない」という民主党の実態を露呈しているようなものだった。しかし、小沢氏の代表就任辞退も、同じように未納者ばかりの与党への責任追及を強めることにならなければ、意味がない。もっというならば、小泉内閣を総辞職、あるいは解散に追い込むだけの「効力」がなければ意味がないことだ。そこまで考えた上での決断であったのか、民主党にそこまで戦略があったのだろうか。
政治家のみならず、メディアに露出し、影響力のあるキャスターなどの未納状況も発覚した。権力を批判する立場にあるメディアにも、倫理観は当然求められるが、実際に制度を作っている立法府の人間である政治家とメディアでは、その責任の重さは全く異なるのではないだろうか。前回もこのコラムで述べたが、制度を作っている人でさえ理解できないような制度を、国民に理解してもらおうとは、甚だ無理なことである。その上、国会で審議されている法案は、国民に更なる負担を求めるという内容だ。ならば、まず制度を作っている政治家こそが襟をただし、今までの失態を反省し、責任をとってから、国民に理解を求めることが何より重要である。「たかが年金未納問題。ことの本質とは違う」という人もいるが、私は違うと思う。ことの本質に行く前の前提がない、国会議員には議論する資格がない、それが今の政治の実態ではないだろうか。
年金未納問題で、責任を取っていない内閣率いる小泉総理は、22日(土)に再訪朝する。自らの内閣の問題をうやむやにし、どうも、国民の目をごまかそうとする戦術に、国民は嫌気がさしているのではないだろうか。最近の小泉総理の行動には、国民に対する真摯な態度が感じられないのだ。何かしかけよう、国民を驚かせようという魂胆が丸見えである。しかし、私は国民の良識ある考えや冷静な判断力は、小泉総理の軽率な思惑などに振り回されることはないと信じている。本当に政治がこれでいいのか、その判断は私たち自身が7月11日に下すことになる。その私たちの責任の重みを自覚しなければならない。
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