| ★ また騒いでいる
先週、小泉総理の靖国神社参拝が話題になった。いつものことながら、どうして大騒ぎになるのか、いい加減、日本国内での論争を止めたほうがいいのではないだろうか。
伊勢神宮参拝は認められ、靖国神社参拝は認められないというのでは、憲法違反という理屈は成り立たない。
憲法第20条には、
「信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
何人も、宗教上の行為、祝典、儀式、又は行事に参加することを強制されない。
国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教活動もしてはならない。」
とある。この条文はつくづく何をいいたのかわからない条文で、
「参加することを強制されない」というのもよくわからないし、
「国及びその機関」とはどこの誰のことなのかもわからない。
「宗教上の行為、祝典、儀式」というのは冠婚葬祭も含まれることなのか。
「強制されない」ということは、「強制される」ことが、社会においてあるということなのか。
戦前、天皇の神格化で、天皇崇拝を強制されていた時代を意識した条文なのかもしれないが、それにしてはあまりに不明確な条文である。
そんな憲法を引き合いにして、「憲法違反」という理屈が通じないことぐらい、冷静になればわかることではないだろうか。
しかし、最近の「靖国参拝反対論者」の言い分は、「A級戦犯が合祀されているから」ということのようだ。そこから、戦没者追悼施設とA級戦犯を祭っている靖国神社とを「分祀」しようという意見がでてきた。A級戦犯を処罰した極東軍事裁判が妥当なものであったかどうかという議論もあるが、いずれにしても、処刑されることで、彼らは責任をとったのだはないのだろうか。それは、戦後の日本の再建にとっても重要なことであったということなら、今の平和な時代に感謝しつつ、日本のトップリーダーである総理大臣が、一年に一回、お参りにいくことのどこが悪いのだろうか。
政治家でなければ、あるいは、一政治家でも政府の立場でなければ、参拝が許され、総理大臣になったとたん、参拝を避難されるのはおかしい。同じ、政治家であるという立場は変わらないはずである。
日本の騒ぎ振りに便乗するかのような中国・韓国の「内政干渉」をこれ以上続けないためにも、日本国内が、このことで騒がないことが重要でもある。靖国神社の問題は本筋とは違っても、アジア諸国に対する謝罪の気持ちが足りないと、日本が非難される雰囲気をつくっているのは、日本の世論ではないかと思わずにいられない。
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